幕間の話『来訪者、空へ帰る』
「アズタくん」
防護服を着た2名の前に、胡座をかいて座る青年一人。お互いに向かい合っている。
「どいてくれないかね…?」と、男の声。
「いつまでこうするつもりですか?」と、女の声。
「…。」
アズタは腕組みして睨んでいる。
ハーッとため息をつきながら、足首に隠していた短刀を、目の前の地面に突き刺した。
「ひっ?!」
男…「センセイ」は、あわてて両手を挙げる。アズタはそのまま短刀を、スッと滑らせて線を引く。
「ここから…こっち側に足を踏み入れるな」
「な…」
「面倒見きれん あぶねーんだよ、この先の工場エリアは…俺でも近寄らない」
「…過干渉なのでは」
女、「ジョシュア」は声色を変えずに返す。
「言葉を交わした相手だと…流石に情が移るだろうが」
アズタはまっすぐ二人を睨む。
「頼むから、目の前で死んだりしないでくれ」
その鬼気迫る表情にセンセイはたじろぐ。
一瞬だが、目の前の青年の瞳の奥に、正体不明の何かが見え隠れするのを感じた。それは純粋だが、恐ろしく深い何か。
「わかった…大人しく従うよ」
センセイは両手をゆっくりと下ろす。
「あっそうだ…かわりに、見てもらいたい場所があるんだ」
アズタはコロッと表情を変えると明るい声色で。
「”ベッド”っていうんだけど」
そのまま、ザッと立ち上がる。
===
アズタは顎で指す。
ここはギアントロイドの郊外、あたり一面石標のようなものが寝かせてある、広い空き地だ。
「ベッド…っていうのは…」
「墓地だ。みんなして眠ってるから墓地(ベッド)って呼ばれてる…まあ誰も墓、ってもんを理解できねーらしいから、俺がそうやって教えたんだけど…」
「これ…全部か…?きみ一人でやってきたのか?ギアントロイドを訪れる…“命なき人”を…?」
「俺だけで全部やったわけじゃねーけど…街中に放置すンのは流石に気がひけるだろ?」
「一番あたらしい仏さんはどちらです?」
ジョシュアはいつのまにかシャベルを肩に背負って待機していた。
「ジョシュア君?!」
「だって…死因が知りたいんです…と言っても…」
ジョシュアは二人に見つめられて、仕方なく、といった様子でショベルをおろした。
「おそらく、ほとんどが落下死体でしょうけど…空からの」
「お察しの通り もうヒトかもよくわかんねーのが殆ど」
アズタは少し離れたところにある小さな塀の上に腰掛け、バッグをごそごそと探っている。
「そうですか」
ジョシュアはざくっとシャベルを地面に突き刺す。
アズタはくしゃくしゃになった小さな箱から一本、煙草を取り出すとそのまま咥える。
「死体があるとゴミ業者が勝手に回収して棄てる…それは忍びねえなって…
だからこうしてとりあえず埋めてみてるわけ やり方として合ってるかどうかはよくわかんねーけど」
「ご苦労なことだ…」
「安らかな、眠りを」
センセイとジョシュアは、手を合わせて不思議なポーズを取っている。アズタはそれを不思議そうに、しばらく眺めていた。
「まあ滅多にないけどな?ほんとうに稀だよ」
「あなたの健康状態、主に精神面で異常がみられないのが不思議です」
ジョシュアは顔を上げ、アズタの方を振り返った。
「たとえ死体処理の専門家だとしても、五感からインプットされる視覚情報、嗅覚情報、触覚情報、その他様々な情報によって無意識のうちに精神的ダメージを負うと言います あなたは…」
「さすがにぐちゃぐちゃになってるの見ると堪えるぞ…」
「だろうね」
「ただ俺は…そいつが死ぬ前、どんな言葉をしゃべり…どんな顔をしていたか知らねーからさ」
アズタは拗ねた少年のように口を尖らせる。
「…壮絶だな、ここでの暮らしは」
「そーか?」
「それでもきみは、ここ(ギアントロイド)で暮らすというのか」
「おー…俺にとってはもうフツーだからな…死なないように気をつけさえすれば」
(そんな暮らしに耐えられるヒトは…きみくらいしか居ないだろう、アズタくん)
「プラトトテネスやトライアルシティに移住しては?」
ジョシュアは表情を変えず、首を傾げている。
「あー…それってヒトの国なんだっけか?一度だけ…プラなんとかから旅人が来たな、ギアントロイドの近郊まで」
「そうです、地上にもヒトのコミュニティはあります」
「まぁな…さすがにヨボヨボになったら移住するかもな?」
アズタはぽりぽりと頭の後ろを掻いた。
「でも今は、特に移る理由がねーよ 仕事も山積みだしな」
「…そうですか」
「実はね、アズタくん」
センセイは、アズタの横にそっと腰掛けた。
「空で暮らす我々にとって、地上は”来世”と同義だ」
「らいせ?」
「あの世ってことだよ」
「あのよ…」
「なんて言うんだろう、天国というか…死んだ後にたどり着く場所さ」
「そんな場所に、あんたらはどうして来てるワケ?」
アズタは、ニヤニヤしながら茶化す。
「なんでだろうね…」
含みのある笑いを返すセンセイに、首をかしげるジョシュア。
「そんなの簡単な話ですよ、研究対象だから来るんです」
「ま、まあそうなんだけどさー…」
「なんでケンキューしようと思ったんだ?」
アズタは、今度はジョシュアに訊ねる。
「それは…」
「未知のものに、蓋をするのは恐ろしいことだと私は思うからです…たとえこの世界が、我々の世界の物理法則を凌駕する領域であったとしても、です」
「うむ。正直この研究分野は…空では全く重宝されない、感謝もされない。研究費も全然出ない。必要ないからね…」
センセイは膝を揃え、両腕で頬杖をつきながら、空をぼーっと眺め始めた。
「でもそれはおかしいと思う物好きもいるんだよ まあもう…自己満足だよなぁ 知りたいから、来るのさ」
「ふーん」
アズタは煙草の灰を落としつつ、少し楽しそうに聞いている。
「まわりの他種族に関して…不思議だなと思ったり、知りたいなと思うことが 君にだってあるだろう?」
「ん〜、まあな?ただ俺はそこで近づいたりはしねーよ、ほどよく離れてるのがいい距離感だ」
「なるほどねぇ」
「近寄りすぎると死ぬからな」
「ほう、それはどういう意味だい…?」
「そのまんまの意味だよ…この前キカイ族の会合に参加したら圧死しそうになった なるべくなら近寄らないのが吉だ」
あはは、と センセイは苦笑いした。
「えぇ…?ほんとうかい、それはどういう…」
夕暮れ時、広い空き地に、ヒトが3人。
彼らが落とす影は、次第にのびてゆく。
夜太郎は少し遠い場所から、その交流の様子をじっと見ていた。
「のほほ」
くるっと振り返って、楽しそうにスキップしつつその場を後にする。
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町外れ、『気球発着所』にて。
ここからカルムザイオンまでは、気圧に身体を慣らしつつ20日以上もの長旅になるという。
「また来るのか?」
「そうですね、おそらくは…半年後か…そのくらいにはなりますけど」
「また土産を持ってくるよ」
「そーか、じゃあな!気をつけて」
アズタはスクーターに跨ったまま、
ひらひらと手を振った。
来訪者2名、空へ帰る。
FIN