『幼体発生地点にて』KKHplot
「来ました…発生(スポーン)地点です」
茂みの向こうに影ふたつ。
ベージュのパンツに動きやすそうな長袖のシャツ、ベストジャケットという驚くほどにオジサンスタイルな格好の女。前髪を綺麗に切りそろえた長い黒髪。
真黄色のヘルメットを被った癖毛の男は小さなキャンプ用の折りたたみ椅子に座って頬杖をついている。片手に持つカウンターを、カチカチカチと鳴らしている。
女は双眼鏡をのぞきながらボソボソと喋る。
「あの影から次々と出てきますね…一体何が…」
そのまま口に運ぶのは不味そうなレーションだ。
よく見るとベストジャケットの内側にびっしりと控えが詰まっている。
「なんでそんなに持ってんの?お腹ペコペコ?」
「一週間は野宿を覚悟してましたから…まさかこんなに早く見つかるとは」
「まあ見つけるだけなら割りかし簡単なんだよ」
男はかわらず頬杖をついてカウンターを鳴らす。彼らの目線の先には茂みがあり、そこから次々と、小さな身体の“球体類”が走り出てくる。
「68、69、70超えたな」
男はカチカチカチと三回、カウンターをならしてふわあとあくびをひとつ。
「発生(スポーン)地点を見つけて…しかしその先の真実は何十年かかろうと掴めないのである…」
「あの茂みにあるんでしょうか、“発生地点”の正体が…」
女は明らかにニヤついている。
「異次元へのワームホールか、はたして」
一目だけでも、と女は思った。
たまらず少し身を起こしてしまう。
男は肩を掴んで止める。
「慌てなさんな」
「しかし…」
「焦りは禁物、焦って動くとロクなことがない」
「ここから推定3、4メートル先ですよ…すぐそこに…」
「いいかいジョシュアくん」
男は目線を逸らさずに続ける。
「目の前の水の温度を測りたい、とする。君は温度計を入れる。すると水の温度は少し下がる。もともと何度だったのか?推し量るしかない。観測とはそういう行為だ」
「…」
「私が一体何年かけて球体の発生観測に取り組んできたと思っているのかね?君は…」
100、101、102とカウンターは数字を刻んでいる。
「そんな高校の授業みたいなこと言われても」
ジョシュアは低い声で愚痴る。
「君はほんとうに可愛くないね?」
「知ってますよ 私はかっこいい系ですから」
「そういう意味じゃない」
男は脚を組み直して居直る。
「この分野は気長に待ってのんびり過ごしてようやくほんの一握りの砂つぶを掴むような、そういう世界なんだよ」
「先程からやたらと抽象的な言い回しをしますね」
「つまりね?君が幼体のスポーン地点を覗こうと身体を起こせば 確実に向こうは何か感じ取る…“意識”の流れをね。ここのバランスはたちまち崩れて…一兎を逃す、ということさ ほら」
「む」
ジョシュアは双眼鏡を再び覗く。
「茂みから出てこなくなっちゃいました」
「なにか感じ取ったんだろう、場所を“移す”ぞ」
男は立ち上がった。
「はい!今日はここまで!」
(おわり)