世界のコアにまつわるメモ(A)
観測地点:ユグルド・グランテア
ユグルド山脈測量番号12番(J-12)付近
狭い空間。気温は氷点下だが、無風なのでまだ暖かく感じる。音はない。酸素ボンベの音だけが響いている。
アズタはクレバスの横穴で立ち尽くしていた。目の前の氷壁から、明らかに人工物とみられる鉄壁が表出している。鉄なのかどうかもわからない。触ると、分厚いグローブ越しにザラザラとした感触がわかる。よく見ると複雑な文様が刻まれている。
視界が霞んできて、よく見えない。
まぶたが重い。閉じてはいけない。
「この先に進むと、もう戻ってくることはできないよ」
足元に目をやると、球体が一体いる。カービィ種だ。淡いグレーの身体と、濃いグレーの足。何も身につけていない。目には光がなく、どこを見ているかもいまいち分からない。
「僕はXXXX」
「アズタだ」
手短に名を告げる。あまり喋ると呼吸が持たない。
「戻ってくることはできないが、しかしその代わりに世界の真実を知ることができる」
「…。」
「気になるだろう?しかし“この世界”が始まってから今まで、このゲートをくぐったものはヒトだけだ。何故だかわかるか?」
「さあ」
「球体類、キカイ類、ボドス類、アニマ類、いろいろな種族がいるが、ヒト、そもそもお前が彼らと決定的に違うものはなんだと思う」
「死の捉え方か?」
アズタは声を落として尋ねる。
「いいや、アニマ類はヒト類と同じような死生観を持っている」
「じゃあ何だ?」
「それは、好奇心の強さであり、探究のこころだよ」
「お前たちは、自らを犠牲にしてでも深淵へ一歩踏み出し、その底にあるものを見たいと思う」
「…誰も彼もがそういうワケじゃない」
「いいや」
モノクロの球体はニヤリと口元を歪ませて。傍に立つ石標のようなものを指し示す。よく見るとびっしり文字が刻まれている。ヒトの扱う字だ。アズタは読むことができない。
「これはすべてヒトが残した標(しるべ)だ」
球体の声はやけに大きく響く。
「今にわかる」
「お前はこの場所が忘れられなくなる」
「これから先、どんな道を辿ろうとも、この場所のことがずっと腹の底に居座り続ける」
球体はその虚な目でこっちをまっすぐに見つめてくる。アズタは思わず目を逸らす。
「またお前はここにやってくる、必ず」
「黙れ」
思わず語気が強くなる。アズタは咳払いした。嫌な汗が出てきた。
「怖いんだろう」
この球体は、いちいち癪に障る言い方をする。
「お前は誰だ」
「僕はXXXX。SINK所長の代理だよ」